【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
 
2009.6.22 
 


Pleasure of Antiquarian Books
ありがとう、愛しの
木版口絵たち




坂崎 重盛    
写真

<シゲモリ先生と遊ぼう珍・本・版>は今回をもって終わりとなります。

 珍・本・版(チンポンパン)、つまり、珍ずべき本や版画の楽しみを月々紹介し、もちろん私も大いに楽しませてもらってきたのですが、そろそろ別の企画に、ということになり、ものごとの終りもまたよきかな、ということで今回が最終回。
 この梅雨の時期なので「雨」をテーマに、明治錦絵や石版画に描かれた雨景のあれこれでも、と思ったのですが、別の仕事で小村雪岱『日本橋檜物町』を手に取ったことで、気分が変わりました。

■戦時中なのに、小村雪岱のこのゼイタク本


左は昭和17年・高見澤木版社刊 小村雪岱『日本橋檜物町』。本表紙。右は木版画による口絵、雪岱による団扇絵「雪兎」。戦時中なのにぜいたくな本づくりです。

 この本、昭和十七年十一月に高見澤木版社から出た本で、角背、ハードカバー、函入り、つまり今日のような、いわゆる洋本の造りなのだが、手にするとフワリと軽い。
本文が、戦時中ということもあり、粗悪な仙花紙ながら、綴(と)じや、全ページに罫(けい)の入った割り付けによって和本の雰囲気を伝えてくる。
 そのページを開くと、本文扉は「日本橋檜物町 小村雪岱」と題字と著者名が子持ち罫の枠とともに木版で刷られている。
 さらに、その口絵、これが嬉しい。雪岱の作品「雪兎」(団扇絵)が、高見澤木版社ならではの多色木版刷で飾られている。
 この『日本橋檜物町』を手にして、「珍・本・版」の最終回は、「木版口絵」の入っている本を取り出し見てみようと思い立った。
 どの本も、古書店で出合ったとき、ドキドキ・ワクワクして入手したものです。
 いわゆる高価な稀覯本(きこうぼん)というものではないが、愛蔵に値する本、と私は大切に、大切に思っている本なのです。

■うっとり!万太郎『下町情話』の雪岱の装画
 雪岱といえば、雪岱装で知られるのは、なんといっても泉鏡花本ですが、この世界は金にいとめをつけぬコレクターがいて、私などの出る幕はない。
 しかし、ありました。久保田万太郎『下町情話』。文庫版大の版型で角背、ハードカバー、もちろん函入り。大正4年9月・千章館刊。


右は大正4年・千章館刊 久保田万太郎『下町情話』。木版刷りの本表紙。窓よりの眺めは隅田川だろう。左は裏表紙。この絵柄を拙著『秘めごと礼賛』(文春新書)で使わせてもらいました。

 これは隅田川でしょう、窓の外は大川風景、遠くに支流の河口も見える。
 表紙は針仕事をする女人像。そして裏表紙は隅に箪笥の置かれた青畳の部屋。
 背は『下町情話』のタイトルが金箔押しで。
 なんと小粋で、なんとぜいたくな本作りでしょう。雪岱描く、この情景の中にすうーっと入っていきたくなります。
 ところで、この千章館という版元は、『下町情話』の刊行前年、大正3年に、書き下ろしで泉鏡花『日本橋』を出版している。装丁は雪岱。この本で雪岱は鏡花と出会い、一躍人気画家となる。

■なんと一冊に29点もの木版刷り挿画が
 大正から昭和初期の本には、表紙や口絵を木版で飾った美本が多く、この時代の文化的豊かさに舌を巻くばかりなのですが、この一冊も、本文中、ふんだんに挿入された口絵の、あまりの見事さに、あきれつつ入手したものです。


上:大正9年・金尾文淵堂刊。水島爾保布『東海道五十三次 付瀬戸内海』本文中の木版口絵「品川」。細密な線をよくぞ木版に彫った。この時代、まだ錦絵の彫師がいたということだろう。
下:同じく「藤沢」。

 小島爾保布による画文『東海道五十三次 付瀬戸内海』大正9年3月・金尾文淵堂刊。本文151ページに口絵が別丁で78点。目次には親切なことに「着色木版」「凸版」と、印刷様式のクレジットまで表記されている。(この内、29点が木版)
 著者の水島爾保布は、谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』で、日本近代挿絵史に残る傑作を生み出しているが(中公文庫に収録)、この本でも繊細にして強靭な彼の描写力がいかんなく発揮されています。それにしても、木版画が29点も入っているところが豪華。

■大震災直後の、このモダンな感覚
 この水島爾保布に大正13年刊『新東京繁昌記 大阪繁昌記』(日本評論社刊)があります。前年の9月1日の関東大震災から1年もたってないのにこんな本が、というくらいの造本。


左:大正13年・日本評論社刊『新東京繁昌記 大阪繁昌記』の本表紙。
右:その木版口絵。当時の「モダン」という言葉そのもののような作品。

 表紙は丸背、ハードカバー。タイトルは(発売禁止 改訂版という文字も含めて)すべて、しっかりした箔押し。爾保布描く、ダンスを踊る人物のシルエットが実にモダン。
 この本の口絵が、やはり木版で、着物姿に洋傘を手にしたモダンガール(モガ)の絵柄。
 爾保布は絵ばかりではなく、見物記、社会戯評の文章家としても健筆をふるっている。今日でも古書で比較的入手しやすい爾保布の本は昭和4年刊の『現代ユウモア全集』中の一巻、『見物左衛門』。爾保布の皮肉とヒネリの効いた文章に接してみようという物好きな方は探してみてください。

■活版印刷を木版刷りに戻して本造り、という凝りよう
 版元も画家や画工も最初から企て、楽しんでの木版口絵、というものばかりではない。こんな例もある。山中笑『共古随筆』(昭和3年4月、温故書房刊)。


左:昭和3年・温故書房刊・山中笑著『共古随筆』表紙。
右:本文中の木版口絵。「東京現今の神仏に関する面白き器具玩弄物。この「面白き」がいい。

 編者は斉藤昌三、発行者は坂本篤。この二人の名を見ただけで、ちょっと興奮する本好きもいると思うが、二人のことはここでは略。
 編者・斉藤昌三の「跛」(あとがき)を見てみよう。刊行が遅れた理由を読者にのべている部分。

    一は余り豊かでない坂本に一任したことと、一は普通の組版では到底満
   足の出来難い結果に至ったことの二つである。(中略)図の平均を欠いた
   り、三色版が期待通りに出なかったりで、折角出来上がった製版は全部
   破棄として、新たに木版にかからせることにしたのであった。

 という次第。つまり、近代的カラー印刷の出来が気に入らず、江戸、明治以来の彫りと刷りの木版で口絵をやりなおした本、というわけだ。
 発行の遅れた理由を「余り豊かでない」発行人の名を挙げるのもすごいが、製版をカラー印刷から木版刷りに変更するというのも尋常の凝り様ではない。
 「本」が江戸の「版」の余韻が残っていたからこその発想だろう。
 また、この本、表紙に「カイコの種紙」を使った、いわゆる「ゲテ装」。――茶碗を横にして卵子を軽く磨きますと光沢を生じます――といった説明書まである。まさに「珍・本・版」の一冊。斉藤昌三(少雨荘)ならではの企みです。

■敗戦色濃い窮乏の時代の「希望」の一冊
 木版口絵といえば、本来ならば、まず、明治の雑誌「文藝倶楽部」の口絵を挙げなければならないのでしょうが、この時代の木版口絵は、まだ明治錦絵そのものや、その延長上の作品(画家もほとんどが浮世絵師)であり、今回はそこは避けて大正、昭和本の木版口絵をチラッと見てきました。
 この稿の最後は、昭和19年3月、明治美術研究所刊の川上澄生『明治少年懐古』としましょう。


昭和19年・明治美術研究所刊。川上澄生『明治少年懐古』木版刷りによるカバー。


『明治少年懐古』のカバーを取った本表紙。「とんですわる」は明治のころの体操の一種だったのでしょうか。


明治の婦人像。日本髪に着物姿、しかし手には洋傘というのは、当時の流行のようでした。

 四六判・丸背・ソフトカバー、120ページそこそこの薄い(というか可愛らしい)本ですが。この本と、神保町の、主に版画を扱う店の棚で出合ったときは、少々オーバーかもしれませんが、(ああ、生きてよかった)と思いました。
 値段は1万円弱でしたが、即、レジへ向かいました。今どき、ちょっとしたコンサートだって、そのくらいの出資はする。たまに、ちょっと高めの本を買うのは、私の唯一の健康法だ。
 この本、昭和19年という戦時中、というより敗戦色ただよう戦争末期のときに、よくぞ造ってくれました、という出版、いや、限定200部ですから「作品」といっていいかもしれません。その中の一冊。よくも、まあ残っていてくれました。あの戦禍etc.をくぐりぬけて。
 この『明治少年懐古』については、作家の永井龍男に語ってもらうのがいいでしょう。名作『石版東京図絵』の書き出しです。

    もうずいぶん長い間、「明治少年懐古」という本を私は机辺から離したこ
  とがない。
    気がふさいだり、仕事がうまく運ばないようなとき、必ずといってもよいほ
  どこの本をひろげている。(中略)
    先生がささげた洋灯(ランプ)のほやの、ほの黄色さのほかは、一面に
  朱をぼかしてあるので、昔の夜の感じが本の外までただよう。四六判百二
  十頁(ページ)ばかりの薄い本である。

 その「明治少年懐古」の木版刷り「カバー」「表紙」、そして本文「口絵」を上に掲げました。川上澄生の世界の一端ですが、お楽しみいただければ。(完)

 
坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転身。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「東京本遊覧記」、「東京読書」(晶文社)、「東京煮込み横丁評判記」(光文社)、「東京文芸散歩」(角川文庫)など。
 
 
 


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