ブックレビュー
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「私の日本古代史」 
  
  著者  上田正昭

 新潮選書 上下巻本

上、天皇とは何ものかー縄文から倭の五王まで(1500円+税)               
下、古事記は偽書かー継体朝から律令国家成立まで(1400円+税)

 




現代を解くヒントは古代史にあり


  「日本」という国号はいつ成立したのか、大王家はなぜ天皇へ変わったのかーといった古代史のロマンに迫る。

 日本という国は、縄文時代、アマテラスの神話から律令国家成立を含めてアジア、中国、朝鮮半島(百済、高句麗、新羅)から、人的にも物的にも大きな影響を受けて形成されてきた。

 日本の国家統一は、壬申の乱(672年)で、大海人皇子(後の天武天皇)が近江朝廷軍を破り天武朝を開いて、律令体制を進めたことが画期的なきっかけになった。

 したがって「日本」とか「天皇」の名称は、統一国家の成立に深くかかわっていると著者はいう。

 また中国の道教の教典に、「天皇大帝」が宇宙の陰陽を司るとあり、唐の高宗が一時「天皇」と称していたことから、日本の「天皇」も道教に由来するのではないか。

 また「3種の神器」は、中国では2種だったこと、日本でも当初は2種(鏡、剣)で後に曲玉が加わった。「ナラ」(奈良)は、朝鮮語では「クニ」であることーなどの指摘も興味深い。

 朝鮮半島の影響も顕著で、著者の別の研究書では、国宝第1号の広隆寺(京都)の弥勒菩薩半伽思惟像、大僧正第1号の行基、比叡山延暦寺の開祖・最澄のいずれもが朝鮮半島と深いかかわりがあるという。
 また、日本の僧侶第1号は女僧で、名前は善信尼といい、この人も朝鮮半島と関係にあるそうだ。

 「飛鳥」が古代政治・文化の中心とされるが、著者は出雲、吉備、筑紫などの歴史や文化は、中央から地方に放射状に広がったのではなく、東国、東北などにもそれぞれ「王国」があった。古事記や日本書紀の物語は、その「王国」を勢力下に取り込んでいくことを反映したものという。

 律令体制が日本統一のエポックになったが、朝鮮半島ではその直前の671年に新羅が唐と結んで百済、次いで高句麗を倒し朝鮮半島に初めて統一新羅が成立している。したがって日本の統一国家の誕生は、半島での動きに触発された、と見ることができるだろう。

 古代から現代まで一貫して天皇制が存在したとする見方については、史実は必ずしもそうではなく、古代の律令国家と近現代の旧「大日本帝国憲法」に顕在したのであって、中世や近世では「王道」(天皇の内廷)と「覇道」(幕府の体制)は共存していたーと指摘する。

 こう見てくると、いったい日本人の先祖はどこから来たのか、また日本文化とは何なのか、を深く考えさせられる。

 古を訪ねることは将来を知ることでもある。朝鮮半島を経由した豊かな大陸文化の影響で、形成された日本の在りようを、古代史を通じて問おうとしている。 


  2013年4月9日(水)

栗原 猛(くりはら・たけし)
北朝鮮生まれ。終戦時、清津から3カ月間、徒歩で板門店へ。通信社記者を経て、マスコミ志望の学生と活動中。著書は「改革はなぜ進まないか」、編著に「私の後藤田正晴」など。


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